まだ見ぬ未来 「デイさん」 「何?」 宿屋の廊下で、クリフトはデイを呼び止めた。 「折り入って相談というか聞きたいことが」 「珍しー。どしたの?」 「あなたたち、何か私に隠し事してません?」 「え。」 一瞬、デイが固まったことをクリフトは見逃さなかった。 「…やっぱりですか…」 「な、何のことだかわかんないんだけど」 「昨日からあなたと姫様から常に視線を感じるんですよ」 「ええー、そーお?気のせいじゃないのぉ?」 「初めはそうかとも思ったんですけど、何度も何度も同じことが続くので」 「ちっ、目ざといヤツ…」 「何か言いましたか?」 「いえいえ何もー。それより何で私に聞くのよ?アリーナに聞いてみればいいじゃない」 「姫様は目が合うとすぐに逃げてしまうので捕まらなかったんです。それに第一、主君に問い詰めるようなことなどできはしません。その点あなたなら秘密持っててものうのうと過ごしてらっしゃりそうだったんで。で、簡単に吐きそうだったんで」 「うっわ、ひどい言われよう…」 「それで、何なんですか?私、何かやったんですか?それとも顔に何かついてますか?なぜ私を避けるんですかっ?」 「あー…いやぁ、そんなわけじゃ…。それに避けてるわけでも…」 「だってやけにこそこそしてるじゃないですかっ。もし、もしですよ、もし姫様に嫌われでもしたら私は…!」 「本音そこかい」 「デイさんっっ!!?」 「わーっ、ごめんごめんごめんってば!だからそんな噛み付きそうな顔しないでよ!」 そんなやりとりをやっている時、近くの階段をぱたぱたと上ってくる足音がした。 やがて階段を上りきり、ぴょこんと壁の向こうから出てきたその顔はアリーナだった。 「あ、ねー、デイ!あのね、昨日のことなんだけどね、今日あたし、クリフトの…」 そこまで話して、はっとする。 いちばん聞かれてはいけない人物の姿を認め、「しまった」という顔をしてちょっと後ずさった。 「あ…クリフト、いたんだ。こっちからじゃデイしか見えなくて…」 「…私が、どうされたんですか?」 「あ、大したことじゃ…」 「そんなに…そんなに私に言えないことなんですか!?」 「えっと、あの…どしたのクリフト…?」 「いいから答えてください姫様!!」 「きゃ、えっと………ねえ、ひょっとして…デイ…」 すがるような視線をデイに向けると、デイはゆっくり頷きながらため息をついた。 「うん…尋問にあってたとこ。私たちの視線を感じたから、って」 「ええ?…バ、バレた…?」 「まだ言ってないけど…でももう隠せないよーこの状況じゃ…」 「…うー、あたしもそー思う…。仕方ないよねえ…」 そんな2人の会話を不安げに見つめていたクリフトに、意を決したようにアリーナが対面した。 「あの、クリフト。あのね、実は…」 そこで少し口をつぐむ。 否応なく高まる緊張感。 そして、再びアリーナが口を開いた。 「あたし………クリフトが、本当にハゲやすいのか、観察してたの…」 「………は?」 はげ? …禿げ? ハゲええぇぇぇえええ??? クリフトの頭の中でぐゎあぁぁぁあんと特別大きな鐘の音が鳴り響いた。 そんなクリフトに構わず、アリーナは続けた。 「だから、あたしずっとクリフト見ちゃってたの…。今でも見たらわかるかなって思って…。ひょっとしてデイも?」 「うん…実は。だってマーニャがあんなこと言うから気になっちゃってさぁ」 「…『あんなこと』とは何ですか…?」 ショックで燃えつきかけの脳細胞を気合いで叩き起こして問いかけるクリフトに、アリーナが応じた。 「だって…あのね、マーニャ姉さまがね、言うんだもん。『クリフトのあの髪質と生え具合。絶対ハゲるタイプだね。賭けてもいいわよ』って…ね、デイ?」 「………そんなことを…」 「そなのー。それでさ、ミネアが占ってみて『ハゲないわよ』って言うから、2人の間で賭けの話が盛り上がり出しちゃってさー…」 「…ミネアさんまで…」 「うん、だからね、その……………あたしもデイも面白そうだから乗っかっちゃった♪てへ♪」 「姫ぇえぇぇええぇぇぇ〜〜〜!!!」 「ご、ごめんってば!だいじょぶよっ、あたしハゲない方に賭けたし!」 「…あんまし慰めには…」 「あ、デイはハゲる方に賭けてたけど…」 「デイさぁあぁぁあぁんっ!!」 「わーごめんーっ」 「あ、ほらでもすぐに結果わからないじゃない?だから30年後に賭けの結果を見るためにサントハイムに来てくれるって」 「…随分気の長いお話で…」 「や…ほら、会う約束って素敵よね?クリフトだって会いたいよね?ねっ?」 「…」 「あー、その、ミネア姉さまがハゲないって言ってるし、姉さまの占いはよくあたるし…」 「…」 「それに、間違ってハゲちゃったとしても別にハゲるのっておかしくないじゃない。ほら、じいだってあんなだしー」 「…」 「えっと…それにほら!クリフトカッコいいし、ハゲても別に…」 「…」 「あたしはクリフトがハゲてもずっと好きな自信あるし!」 「ね、だからほら」 「アリーナアリーナ」 「え?」 「クリフト、聞いてない」 見ると、クリフトは完全に背を向けてしゃがみ込み、膝を抱いてひたすら地面にのの字を書き続けていた。 かなり嬉しいことも言われているはずなのに、全然耳に入らないぐらい塞ぎ込んで、ぶつぶつと何かを呟いてすらいる。 「あの…クリフト」 「アリーナ。…そっとしといてあげようよ」 「うー……うん…そだね…」 女には理解らないこともあるのだ。そんな男たちの領域に踏み込んで自分たちが美辞麗句を並べ立てて慰めてみても虚しさだけが残るのだ…。 傷つけたのも自分たちだ、ということは都合よく完全に忘れ去り。 デイとアリーナは各々首を振り、そっとその場を後にした。 ところで、実は少し離れたところで若者たちの一部始終を見ていた人物がいた。 女性2人が去った後、その人物は黙ってクリフトの肩をたたいて酒場へ連れ出し、一晩中静かに男同士杯を交わしたとか交わさなかったとか…。 おしまい。
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