恋と憂いとカクテルと 「マーニャさんに、酒場で飲むのに連れて行かれることになりまして…断れなくて。あ、ライアンさんも一緒なんですけど。だから講義もできませんので、今日はお休みですね…すみません」 そんなクリフトの言葉を聞いたのが、今日の日も暮れかけの時間。 * * * 「アリーナ、入るよー」 「…どーぞ」 デイがアリーナとの相部屋に入ると、アリーナは明かりもつけず、ベッドの上で枕を胸に抱いて寝っ転がっていた。 明かりに伸ばした手を止めて、デイが尋ねた。 「ごめん、寝てた?明かりつけない方がいい?」 「…別にいーよ」 「そ。じゃーつけるね。……… マーニャたち、酒場行くんだって?さっきマーニャがはしゃぎまわってたけど。その横でクリフトが疲れた顔してたけど」 「…そーみたいね」 「私も加わってこよっかなって思ってるんだけど」 (!?) がばっ 「誘われたの!?クリフトに!?」 「え、いや…違うけど、情報収集できるかなって…」 「……………なんだ。そっか」 ぽふん。 「………アリーナも行かない?」 「…行かない。」 「ブライは行かないって言ってるみたいだし、いーじゃない、うるさいのがいないんだし」 「行かない。」 「行こうってば」 「行ーかーなーいーっ!!」 「………こら。」 ぺしんっ。 アリーナの頭を思いっきりはたく。 「いたぁ…何すんのよーぅ」 「何ぶーたれてんのよ、あんた」 「ぶーたれてなんかいないもん」 「じゅーぶんぶーたれてるでしょー?」 「………」 「………」 ふーっと、デイが息をついた。 アリーナのベッドの端に腰かける。 優しい口調で、アリーナに声をかけた。 「何があったの?」 「…何もないけど…」 「けど?」 「………」 「言ってみ?」 「………。 ……一緒に飲みに行くって、言ってたけど、あたし、誘われなかったんだもん。それに、今日勉強教えてくれる日だったんだけど、それもなくなったし、やることないんだもん」 色々言葉は抜けているが、言わんとしていることは何となくわかる。 「それでぶーたれ…もとい、落ち込んでたのね」 「………」 ベッドにころんと転がったまま、デイに視線を向けずに、しぶしぶという感じに小さくこくんと頷いた。 「でも、『来るな』って言ったわけじゃないんでしょ?」 「…うん」 「お酒飲んで怒られたことは?」 「んー…あんまないかも。あんましお酒好きじゃないから自分から飲まないし、酒場ってお菓子とかないからつまんないの」 「そーいえばアリーナが酒場に行ってるとこ見たことなかったかも…。いっつも食後の勉強してたからか。じゃあ、あんたの酒場嫌い、クリフトは知らないの?」 「…知ってると思う。あたし、いっつもそう言ってたし」 「は?そーなの」 「…うん」 「………なぁーんだぁ。それなら心配ないじゃない」 「そんな、軽く…!」 「大事にされてるんじゃん」 アリーナがきょとんとした表情になった。 「…どーいうこと?」 「あのさ、クリフトは、アリーナが酒場嫌いだから、誘わなかったんだと思うよ」 アリーナが意外そうな顔で、デイを見上げた。 「………そーなの?」 「そーでしょ、どっから見ても。クリフトなりの気遣いだったのよ。酒場が好きじゃないあんたを誘う方が失礼かなっていう。…まあ、今回は裏目に出たみたいだけど」 「…」 「むしろ誘いたかったんじゃない?」 「…どうしてぇ?」 「だって、自分の時間を割いて毎日のように勉強教えてるんだもの。それって、一緒にいたいって思わないとできないことでしょ」 「それは、あたしが王女だから、お仕事で…」 「人間、義務だけじゃ生きてけない」 「………むちゃくちゃよぉ」 「へへ、まね。でもたまにはいーんじゃないっていうか、得意でしょ、そーいうの?」 「……」 ゆっくり、デイの言葉を心で繰り返してみた。 今の会話を、じっくり考えてみた。 そうかもしれない………うん、そうだ、本当だ。 とアリーナは思った。 あれ、でも、おかしいなあ。前向きな考えが大得意なのに。 なんでこんなに考えなきゃわかんなかったんだろ? なんで……… 「…なんで落ち込んだりしたんだろ?」 心に思った言葉の最後が声になる。 「んー?…まーそんなもんだ」 デイは簡単にそう返す。 その言葉の後に、『恋なんて』と、こっそり心の中で付け足すのを忘れなかった。 ぴょこん。 アリーナが勢いよく起き上がった。 「酒場、行く」 アリーナの決意めいた宣言に、返事の代わりにデイはにっと笑った。 「それにしても…」 「? なに?」 「………女心、わかってないねアイツ。って思ってさ」 「え?」 「もっと積極的になればいーのにねえ」 「???」 * * * その後、復活したアリーナは「酒場に一緒に行きたい」と素直に伝えた。 クリフトはびっくりするやらアリーナを心配するやら、ひとりで大忙しだったが、声に嬉しさが滲んでいるのをデイは見逃さなかった。 素直じゃないなあ、まったく。 今までのアリーナは何だったんだというぐらい、仲良く会話をしながら酒場へ向かうふたりの少し後ろを歩きながら、デイはひとり、くすっと微笑んだ。
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