真夜中のシンデレラ (ふう…すっかり遅くなってしまったな) まだなお明々と光の漏れるエンドール城を出たクリフトは、急ぎ足で宿屋へ向かっていた。 今日エンドールではサントハイム王と王女を主賓に招いて両国の親睦を深める式典が行われていた。 そして夜である今は舞踏会が開かれ、優雅な時が流れている。 クリフトはその中を、ひとり早めに抜けてきたのだった。 あの壮大な冒険が終わりを告げてから早1年。 サントハイム王も存命で戻ってきたとはいえ、長い間放置されていた国政を立て直すにはそれなりの時間と手間を必要とした。 王と王女たるアリーナは国事に奔走する毎日となり、アリーナの自由時間は著しく削られていった。 また、クリフトはクリフトでサントハイム城外での仕事が多くなり、何日もサントハイムを空けることも少なくなかった。 一方が一方を見かけることはあっても、会話することは今では難しいこととなっていたのである。 ようやっと宿屋の看板が見えてきた。 本当はクリフトの部屋もエンドール城内に用意してくれていたのだが、クリフトは所用で明日の朝早くから単独行動となるため、丁重に断ってきたのだ。 身体的な疲れというよりは気疲れでくたくたになっていたので、明日のためにもなるべく早く休もう、と深く息をつく。 その時、遠くからではわからなかったのだが、宿屋の玄関の照明から少し離れた壁に背をもたれて腕を組んだ女がひとり立っているのに気づいた。 暗くて表情などはわからないが、ぱっと見た服装の感じに挑発的な印象がある。 だがそれ以上気にかけることをせず、横を抜けようとしたとき。 「お兄さん、お暇?今からわたくしと遊びに行きません?」 唐突に、女が声をかけてきた。 「…せっかくですが、多忙ゆえ」 女を一瞥して軽くあしらう。 すると。 「あーら、せっかくのレディの誘いを断るの?真面目で勤勉で人助けが得意で、でも高所恐怖症が玉にキズなサントハイムの神官さん?」 先ほどよりも高いトーンの声。 作った感のあるしゃべり方だったが、その声は紛れもなく…。 はっと、振り返る。 するとそこには、いたずらが成功した子供のように瞳を輝かせてこちらを見るアリーナがいた。 「ひっ…姫様!?」 「当ったり〜v」 「な、な、…」 「意外と気づかれないもんなのねー。クリフトですら気づかないだもん♪今度サントハイムでも同じ手使おっかな〜」 「い、いや、それは…あの…じゃ、なくて!一体どうされたんですかその格好!?」 クリフトが言葉をなくすのもごもっとも。アリーナの格好は普段見ているもののどれとも全く雰囲気が違うのだから。 大きく肩の露出した黒のワンピースは身体にフィットするデザインで、ふくらはぎほどの長さのスカートにスリットが深く入っている。 おもちゃのように華奢な靴はヒールが高く、アリーナの足をいつも以上に細く見せている。 肩は薄い色のショールで覆っており、そのすぐ上で大きな金の輪でデザインしたピアスが揺れる。 長い髪の毛は高い位置でまとめ、うなじにかかる後れ毛が色っぽい。 「えへへ、なかなか似合ってるでしょ??ちなみに胸はマーニャ姉さま直伝の寄せ上げ割り増し!」 「そ、そ、そ、そんなことはわざわざおっしゃらなくてもいーんですよっ」 「でもヒールが高くてさ〜、足疲れちゃった。ちょっとほぐそうっと…よっ」 「わーーーーーーーーーっっっっっ!!!!足上げないでください屈伸しないでくださいーーーーっ!!!」 「…それで、何故ここにいらっしゃるんです?」 ひとしきりわーわー騒いで落ち着いたクリフトは改めてアリーナに向き直った。 「今頃は大人しく舞踏会で踊ってらっしゃると思っていたのですが」 「もちろん、抜けて来たに決まってるじゃない」 「ちなみに、王様にはこのことは…」 「言わないで来た!」 「では当然ブライ様にも…」 「黙って来た!」 「………」 思わず頭をかかえた。 クリフトが一言言おうとしたとき、それより先にアリーナが口を開いた。 「あ、でもね、このこと知ってる人っていうか、協力者はいるの」 「協力者?」 「モニカ姫」 意外な名前。 その気持ちが表情にも出ていたのだろう、アリーナはクリフトを見てちらりと笑った。 「昼間からモニカ姫と考えてた作戦だったの。クリフトが明日用事あることは知ってたから、クリフトに会うならクリフトが帰るときがチャンスじゃない?だから思い切って相談したら、お城をこっそり抜ける方法を一緒に考えてくれたんだ」 ……今、さらりと聞こえた嬉しい言葉…… 「あの…では姫様が抜けてきたのは…」 「…クリフトに会うため、だったりする」 アリーナは、恥ずかしそうにこくんと頷いた。 「この服はモニカ姫が用意してくれたの。そして今『アリーナ姫』はモニカ姫の部屋で寝てることになってる。大丈夫、朝までには帰る。帰り道も確保してる」 「…」 「勝手なことだってのはわかってる。でもね、どうしても、クリフトとゆっくり話をしたかったの。前みたいに」 「…」 「クリフトが疲れてるってのもわかってる。でも……………ねえ、クリフト」 次の瞬間急にかしこまり、しとやかに一礼してこちらを見上げた。 「朝まで、わたくしと、お付き合いいただけないかしら?」 「………」 ため息が出た。 全く………! 何て、殊勝なことをしてくれるんだ、この姫は…―― すっと、敬礼する。 「かしこまりました。今夜は存分にお付き合い致しましょう」 クリフトの言葉に、アリーナの顔がぱっと明るくなった。 「いいの?ほんとに!?」 「もちろんですよ。…エスコートさせていただきます、おてんば姫様」 そういって差し伸べられたクリフトの手を。 「…そうこなくっちゃ!」 アリーナは勢いよく取って、自分の腕をからめた。 日の出がタイムリミットの、ミッドナイトシンデレラ。 夜はまだ、始まったばかり。
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